備注:已完結(jié)
類型:劇情片
主演:山口百惠 三浦友和 三國連太郎 宇津井健 石立鐵男 前田吟 松原智惠子
語言:日語
年代:未知
簡介:美麗純潔的川浪良子(山口百惠 飾)是從北海道來至東京謀生的芭蕾舞演員,但為了照顧年邁多病的母親,她不得不放棄鐘愛的芭蕾,轉(zhuǎn)而在一家低級夜總會跳舞賺錢。某個夜晚,她邂逅同樣來自老家的年輕男子北村明夫(三浦友和 飾)。兩個在大都會闖蕩且滿身傷痕的人兒惺惺相惜,于是相約次日一同離開東京,回到北海道展開新的生活。此前明夫曾被黑心商人江藤(高橋昌也 飾)賴掉1000萬日元款項,他偷偷潛入江藤的辦公室把錢偷回。在良子的勸說下,明夫決定將錢送回,以清白之身離開東京。然而,兩人卻因此卷入一起殺人事件之中……
備注:已完結(jié)
類型:劇情片
主演:山口百惠 三浦友和 三國連太郎 關(guān)口宏 加藤治子 原泉 石橋蓮司 金田
導演:西河克己
語言:日語
年代:未知
簡介:家住北九州小倉的柳田正夫(關(guān)口宏 飾)和桐子(山口百惠 飾)是一對父母早亡、自幼相依為命的苦命兄妹。某天,正夫被指控為一起搶劫殺人案的嫌疑人遭到逮捕,證據(jù)確鑿的情況下,老實木訥的小學教師正夫百口莫辯。堅信哥哥清白的桐子輾轉(zhuǎn)來到東京,拜訪聲名顯赫的精英律師大冢欽三(三國連太郎 飾)為哥哥擔任無罪辯護。眼里只認錢的大冢冷淡回絕了走投無路的桐子,這一幕剛好被《社會周刊》的記者阿部啟一(三浦友和 飾)看在眼里。阿部幫桐子百般疏通,并竭力調(diào)查案件真相,卻最終無法改變正夫被執(zhí)行死刑的命運,桐子的人生也跌入谷底。與之相對,高高在上的大冢春風得意,恣意享受奢靡高貴的人生,卻沒意識到自己的命運也生活在底層的小人物所左右……
備注:已完結(jié)
類型:日劇
主演:榮倉奈奈 洼田正孝 賀來賢人 小出惠介 三浦友和 小西真奈美 德井義實
語言:日語
年代:未知
簡介:2004年的圣誕夜,某高級公寓內(nèi),野口貴弘(德井義實 飾)及其妻子奈央子(小西真奈美 飾)雙雙遇害,現(xiàn)場則有四個驚慌失措的年輕人:杉下希美(榮倉奈奈 飾)、成瀨慎司(窪田正孝 飾)、安藤望(賀來賢人 飾)和西崎真人(小出惠介 飾)。最后西崎認罪,入獄服刑十年。曾經(jīng)在瀨戶內(nèi)海某小島擔任駐警的退休刑警高野茂(三浦友和 飾)對此案存有諸多疑問,當年出生在該小島的希美和慎司曾卷入神秘的失火事件,上京后的希美與安藤是大學同學,兩人又和西崎租住在同一公寓中。千絲萬縷將四個年輕人以及野口夫婦聯(lián)系在一起,每個人都有需要守護的“N”,他們用謊言編制了撲朔迷離的愛恨迷局……
備注:已完結(jié)
類型:劇情片
主演:山口百惠 三浦友和 繪澤萠子 風見章子 小松方正 桑山正一 名古屋章
導演:西河克己
語言:日語
年代:未知
簡介:大阪修道街藥商的女兒春琴(山口百惠 飾)生的美麗動人,但小時候因為眼疾而失明,卻在三弦琴上練就出一番造化,生性清高的她不愿被人瞧不起,性格也愈發(fā)古怪起來。照顧她日常起居的是比她大四歲的仆人佐助(三浦友和 飾),伴隨著春琴的佐助對小姐的照顧可謂無微不至,追隨春琴學習三弦的他和春琴的接觸與日俱增,逐漸心生愛意。二人的微妙關(guān)系,春琴卻不為承認,直到春琴因為意外被毀容。為了不讓春琴感到難過,佐助選擇了刺瞎自己的雙眼,這樣,留在他腦海里的便是小姐永遠美貌的樣子。二人自此再沒有什么間隙,永遠的生活在了一起……
備注:已完結(jié)
類型:劇情片
主演:山口百惠 三浦友和 中島裕 火野正平 加藤昌彥 大友柳太朗 蟹江敬三
導演:藤田敏八
語言:日語
年代:未知
簡介:俊朗青年上杉浩平(三浦友和 飾)曾與好友松田豐(火野正平 飾)供職于一家公司,作為翻譯助手他和美麗的同僚佐野惠子(山口百惠 飾)互有好感。誰知期間浩平誤會了惠子與上司有染而出言不遜,導致惠子一聲不吭辭職返回了茨城縣老家。在此之后,莽撞的浩平追到了惠子的家中,進而得知惠子的哥哥(蟹江敬三 飾)將妹妹介紹給了童年好友——茨城縣德山議員的兒子兼秘書君彥(岸部一德 飾)。幾經(jīng)周折,他終于將女孩帶回了東京,兩位有情人開始了同居生活。同一屋檐下,兩人磕磕絆絆地朝著幸福出發(fā),但是許多現(xiàn)實問題交替出現(xiàn),他們能否跨越婚姻道路上的種種考驗嗎?
備注:已完結(jié)
類型:劇情片
導演:市川昆
語言:日語
年代:未知
簡介:千重子(山口百惠飾)和苗子(山口百惠飾)是一對孿生姐妹,出生后的姐姐千重子,由于家境貧寒無力撫養(yǎng),即遭遺棄,幸而為一家綢緞批發(fā)商所收養(yǎng),成為一名養(yǎng)尊處優(yōu)的小姐。而妹妹苗子,雖沒有被父母拋棄,卻在襁褓中便成了孤兒,長大后自食其力,到山里種植北山杉。一次偶然,相貌相似的她們由于一條腰帶的契機,姐妹倆的身世真相大白。雷雨襲來時,在杉林里無可遮蔽的情況下,苗子便毫不顧惜自己,以身體庇護姐姐。姐妹倆久別重逢,但因彼此生活方式不同,終于不得團圓。為了不影響姐姐的幸福,苗子寧可遠遁深山僻壤……
備注:已完結(jié)
類型:日劇
主演:渡邊謙 櫻田淳子 三浦友和 巖下志麻 西郷輝彥 久保明 高島政宏 八千
導演:中村克史
語言:日語
年代:未知
簡介:Disc1 第一回「誕生」 1月4日放送 永祿八年(1565)、伊達家の當主?輝宗に最上義守の娘?義姫が嫁いできた。義姫は、東館に迎えられ、お東の方と呼ばれた。永祿十年(1567)八月三日、嫡男が誕生し、輝宗は「梵天丸」と命名。梵天丸は五歳の時、天然痘に倒れ右目の光を失ってしまう。 第二回「不動明王」 1月11日放送 輝宗は、名僧?虎哉宗乙を梵天丸の學問の師に招く。ある日、梵天丸は傅役?喜多と訪れた寺で、不動明王はなぜ怖い顔をしているのかと訊ねた。そこで虎哉から、外見と異なり慈悲深い仏であると聞き、「梵天丸もかくありたい」と呟いた。 第三回「親ごころ」 1月18日放送 輝宗は、時の流れを見つめた外交的手腕を発揮していた。天正二年(1574)正月、最上家で內(nèi)亂が起こる。父や実の兄弟の爭いに、お東は心を痛めた。そして、さらに心を傷つけられることが起る。家臣たちが、喜多を輝宗の側(cè)室にしようと畫策したのだ…。 第四回「元服」 1月25日放送 天正四年(1576)、梵天丸の弟?竺丸が誕生。お東は、輝宗に自分の乳で育てたいと言い、竺丸を?qū)檺郅筏?。天正五年?577)十一月十五日、梵天丸の元服のxが執(zhí)り行われ、名を藤次郎政宗と改める。お東から水晶の數(shù)珠を贈られ、母だと思い大切にすると誓う。 Disc2 第五回「愛姫」 2月1日放送 天正七年(1579)十一月、三春の城主?田村清顕の息女?愛姫が藤次郎のもとに嫁いできた。藤次郎は數(shù)え年十三歳、愛姫は十一歳。愛姫の傅役となった喜多は、愛姫を伊達の水になじませようと心を砕くが、田村家から同行してきた侍女が、姫への接觸を拒み続ける。 第六回「侍女成敗」 2月8日放送 田村家の侍女?村岡が「藤次郎君には、ことのほか凡愚にて主君の器にあらず…」と記した密書を三春に向けて放った。その密書を奪還した喜多が村岡らを問い詰めると、突然、侍女が喜多に襲いかかった。喜多は身をかわし、村岡たちを斬り捨てた。 第七回「初陣」 2月15日放送 伊達家の護神に戦勝祈願をし相馬に向かった藤次郎は、小十郎らと勇敢に戦うが、初陣首を狙われかねない無謀な戦いに、輝宗から「大將は最後まで生きのびるのがつとめ、ときに臆病でなくてはならない」と厳しく諭される。この年の六月、織田信長が死去した。 第八回「若武者」 2月22日放送 本能寺の変は、東北の大名たちにも衝撃を與えた。若武者?藤次郎は、「信長のように生きてみたい」と天下への夢を見る。その頃、譜代の家臣たちがお東と結(jié)びつき不穏な動きを見せた。輝宗は、お家分裂の危機に隠居を決意。藤次郎に家督を継がせた。 Disc 3 第九回「野望」 3月1日放送 天正十二年(1584)十月、藤次郎政宗は伊達家十七代當主となる。側(cè)衆(zhòng)には伊達成実、片倉小十郎、鬼庭綱元らが選ばれ、家中の若返りが図られた。そして若干十九歳の政宗は、東北で最大最強の蘆名に敢然と戦いを挑んだ。政宗の器量を問う合戦であった。 第十回「男の器量」 3月8日放送 天正十三年(1585)五月、伊達軍は會津國境の檜原峠から蘆名領(lǐng)へ攻め入るが、敵城?大塩城の守備は固く、戦況はおぼつかなかった。小十郎の進言で、政宗は兵を米沢へ一旦引き揚げた。八月、政宗は田村家の協(xié)力も得て、再び小浜城の大內(nèi)討伐に向った…。 第十一回「八百人斬り」 3月15日放送 戦いの火蓋は、小手森城で切って落とされた。大內(nèi)定綱は會津と二本松に援軍を求め、持久戦の構(gòu)えであったが、成実の働きで戦局は一転、小手森城は陥落。定綱が逃げたと知った政宗は激怒。籠城していた八百人の大內(nèi)勢を皆殺しにして震え上がらせた。 第十二回「輝宗無殘」 3月22日放送 父?輝宗は、政宗に二本松の畠山義継との和睦を強く勧めた。政宗は、侘びを不服とし、領(lǐng)土の大半と一子を人質(zhì)に差し出せと言い渡す。義継はお禮言上と稱して政宗に面會を求めるが、拒否されると宮ノ森城の輝宗に拝謁を求め、心を許した輝宗を人質(zhì)にとって二本松に連れ去ろうとした…。 Disc 4 第十三回「人取橋」 3月29日放送 政宗は、父の葬儀を盛大に執(zhí)り行った。そんな折、二本松城に異変が起きる。佐竹、蘆名ら南奧州の大名が二本松城救援のため三萬の連合軍を組織。政宗は観音堂山に陣を取り、人取橋で連合軍と対峙。この伊達の存亡をかけた戦いに、政宗は勝利する。 第十四回「勝ち名乗り」 4月5日放送 三萬の連合軍を撃退した十九歳の政宗も、冬の二本松城には手も足も出なかった。政宗は、物資補給路を遮斷。七月十六日、遂に二本松城を無血開城させる。塩松郡と二本松領(lǐng)を手中にした政宗は、仙道筋の全てを支配。初めての領(lǐng)土仕置きを行った。 第十五回「めごとねこ」 4月12日放送 天正十四年(1586)十月、愛姫の父?田村清顕が死去。愛姫の子を後継ぎに迎える約束の田村家は、権勢を夫人が握り、相馬に接近。愛姫は自分が懐妊しないのが原因と悩む。そんな折、家臣?飯坂宗康の娘「ねこ」が、政宗の最初の側(cè)室となる。 第十六回「南北の敵」 4月19日放送 天正十五年(1587)、春。米沢の北、長井ノ莊で內(nèi)亂が起った。政宗は直ちに鮎貝城に兵を出し、謀反を封じた。続いて大崎で內(nèi)亂が起き、政宗は大崎への出兵を決行するが、家臣?黒川月舟斎の裏切りで軍勢は総崩れとなり、南北の脅威にさらされる。 Disc 5 第十七回「宮仕え」 4月26日放送 泉田重光が人質(zhì)となり山形城に預(yù)けられた。その頃、成実が大內(nèi)定綱の軍勢を打ち破る。ところが定綱は伊達に奉公したいと、政宗に拝謁。政宗は、定綱を召し抱える。天正十六年(1588)五月、政宗は小手森城を攻略し石川弾正を追放。田村領(lǐng)へ進軍し仙道を南下した。 第十八回「お東、居座る」 5月3日放送 政宗は、母?お東に最上との仲介を求めた。だが和睦の交渉はこじれた。両軍は國境の中山峠をはさんで睨みあう。その峠に、甲冑に身を固めたお東が和睦を求め座り込んだ。義光は上杉勢が領(lǐng)內(nèi)に攻め入ったことで和睦し、泉田重光は解放された。 第十九回「大移動」 5月10日放送 政宗は奧州平定を急いだ。蘆名討伐に向け、まず相馬を打ち砕くと、成実と小十郎隊を豬苗代へ進軍させ、本隊は南の蘆名城へ進撃。しかし、突然進路を変え、六月四日、一萬五千の大軍を率いて豬苗代湖の東岸を北上し、成実らと合流した。 第二十回「決戦、摺上原」 5月17日放送 天正十七年(1589)六月五日、摺上原で政宗が率いる伊達軍と蘆名軍が激突した。蘆名軍は、家內(nèi)の內(nèi)紛から足並みが揃わず、戦いは伊達軍の圧勝で終わった。奧州の名門?蘆名家は滅亡。この時から昇り竜の如き勢いの政宗は、獨眼竜政宗と呼ばれた。 Disc 6 第二十一回「修羅の母」 5月24日放送 天正十八年(1590)の初め、秀吉は北條氏討伐の軍令を発し、政宗にも參陣を促した。これを政宗は拒絶。お家安泰を願うお東と老臣たちは、政宗の蟄居を畫策。お東は、義光に「政宗の首を関白に獻上いたすのじゃ」と、政宗暗殺を強く勧められ苦悩する…。 第二十二回「弟を斬る」 5月31日放送 政宗は遂に參陣を決意、あいさつにお東をたずねた。祝いの膳に舌鼓を打つが、突然に吐き気をともなってのた打ち回る。毒がもられていたのだ…。一命を取りとめた政宗は、苦悩の末、小次郎を謀反者として成敗。お東は、義光のもとに落ち延びた。 第二十三回「小田原へ」 6月7日放送 政宗が最上の動きを牽制し、越後から信濃路をたどり、小田原を目指した時、すでに秀吉は小田原城を二十二萬の軍勢で包囲し終えていた。小田原參陣に遅れた政宗は、白かたびらに水引の元結(jié)、まさに死裝束で秀吉のもとへ參上するのであった…。 第二十四回「天下人」 6月14日放送 秀吉は、政宗の「打首覚悟で參上しました!」との言葉に、「運のよい奴よ…」と、満足そうに微笑んだ。かくして、政宗には何のおとがめもなかったが、會津領(lǐng)土を失うことに。政宗は「秀吉は五十四歳、俺は二十四歳…」と、時節(jié)の到來を待つ覚悟をする。 Disc 7 第二十五回「人質(zhì)、めご」 6月21日放送 秀吉は仕置きを行うと同時に、検地、刀狩りを?qū)g施。政宗には、愛姫を人質(zhì)として差し出すよう命じる。愛姫は「伊達家の安泰を…」と、喜多を伴なって上洛。この頃、東北では一揆が勃発。秀吉は「蒲生氏郷とともに一揆を鎮(zhèn)圧せよ」と政宗に命じた。 第二十六回「絶體絶命」 6月28日放送 伊達の家臣?須田伯耆が寢返って、政宗が一揆勢に與えた直筆を氏郷に持參。政宗謀反の報告は、秀吉のもとにも屆いた。政宗は秀吉に上洛を命じられ京へ旅立つ。今度こそは首をはねられる…、関白?秀吉の強大な権力の前に、政宗は絶體絶命であった。 第二十七回「黃金の十字架」 7月5日放送 清洲城で秀吉に拝謁した政宗は「密書に記された鶺鴒をかたどった花押には眼孔がない。本物ならば目に針の穴をあけてある」と申し開きをする。秀吉は、なるほど…政宗逆心の疑いは晴れた、と許す。上洛の命を受けた政宗は白裝束に金の磔柱をかついで、京を行進して參上。秀吉は上機嫌で迎えた。 Disc 8 第二十八回「知恵くらべ」 7月12日放送 天正十九年(1591)、政宗は、朝廷から従四位下の官位を授かる。しかし、會津の所領(lǐng)は召し上げとされた。再び勃発した大崎、葛西地方の一揆討伐に向かう政宗に、家臣らは、これぞ天下を取る好機と迫る。政宗と秀吉の知恵くらべが始まる…。 第二十九回「左遷」 7月19日放送 政宗は、一揆を完全鎮(zhèn)圧するが、大崎、葛西への國替えを命じられる。家康は、新しい領(lǐng)地は、東には海が開け、西には豊かな金山がある。富は海からも山からも無盡蔵だ。決して左遷ではない、と政宗を諭して、巖手沢城を居城とするように勧めた。 第三十回「伊達者」 7月26日放送 文祿元年(1592)、政宗は朝鮮出陣の命を受け、軍勢を率いて上洛。九州勢から朝鮮遠征は始まった。政宗は、三千の兵を三萬に見せようと、伊達勢の軍裝を飾り立てた。その絢爛華麗ないでたちに、出陣を見送る町衆(zhòng)たちは「これぞ伊達者よ」と賛辭した…。 第三十一回「子寶」 8月2日放送 伊達勢は、肥前?名護屋城での足止めが長引いた。文祿二年(1593)四月、釜山に上陸するが、遠征軍は各地で敗北を喫していた。伊達勢も苦しく壯烈な戦闘が続いた。その頃、淀君が男子を産む。秀吉は鶴松の生まれ変りと喜び、遠征軍の撤退を決定する。 Disc 9 第三十二回「秀次失腳」 8月9日放送 政宗は、京で愛姫や娘?五郎八(いろは)と過ごしていた。文祿四年(1595)二月、蒲生氏郷が毒殺された。奧州三將を頼る秀次と親交を深めていたことが原因と噂された。三成のざん言に惑わされた秀吉は、秀次を高野山へ蟄居、最上義光の末娘?駒姫を処刑してしまう。 第三十三回「濡れ衣」 8月16日放送 秀次事件で義光は謹慎、淺野長政は蟄居、政宗にも上洛の命が下った。政宗は、濡れ衣だと申し開きをするが、流罪の沙汰が下る。政宗は、無念の思いを愛姫に伝えた。そんなある夜、徳川屋敷の門前に立てられた奇怪な高札で、事態(tài)は一転する…。 第三十四回「太閤の死」 8月23日放送 慶長元年(1596)十二月、伏見城の城普請が完成。政宗が従四位下右近衛(wèi)権少將に敘せられた祝宴の席上で、秀吉は倒れ病の床につく。三成が秀吉亡き後の布石を打つ中、秀吉は秀頼への力添えを政宗に頼んだ。慶長三年(1598)夏、家康と利家に後を託し死去する。 第三十五回「成実失蹤」 8月30日放送 秀吉の死後、三成と家康が、奧羽の盟主?政宗をめぐって天下の綱引きを始めた。そんな中、出奔していた成実が帰參の勧告に応じず再び失蹤。政宗は、成実の居城の召し上げを決斷。しかし、成実の妻子は城の引き渡しを拒んで自害してしまう…。 Disc 10 第三十六回「天下分け目」 9月6日放送 事実上、最高権力者となった家康は、上杉討伐を決斷。先陣を命じられた政宗は、千代(のちの仙臺)に近い北ノ目城を本陣とし、上杉勢への猛攻撃を開始。京では、三成が反徳川勢を結(jié)集して挙兵…。天下分け目の関ヶ原の戦いが始まろうとしていた。 第三十七回「幻の百萬石」 9月13日放送 上杉勢と戦っていた政宗が、東軍の勝利を知ったのは、関ヶ原の戦いが終わって半月後であった。三成が処刑された頃、奧羽の地でさらなる戦いを繰りひろげていた政宗は、家康と交わした百萬石の念書を胸に、新しい城普請の夢を広げていた…。 第三十八回「仙臺築城」 9月20日放送 慶長六年(1601)十月、伏見城に上洛した政宗は、帰國を固く禁じられた。慶長七年(1602)、家康は徳川體制を天下に誇示するために、江戸城の周りに大名屋敷をつくり始めた。夢にまで見た千代城を完成させた政宗だが、家康の命に服して江戸に下ることになる。 第三十九回「五郎八、嫁ぐ」 9月27日放送 政宗は、千代を仙臺と改めた。山形の最上家の悲運とは対照的に、伊達家では、五郎八と忠輝の婚禮。そして家康の一姫と虎菊丸の縁組みと興隆を極めた。政宗は、江戸では積極的に儀禮交換や外交につとめ、仙臺では國作りとその経営に沒頭した。 Disc 11 第四十回「大船造り」 10月4日放送 政宗は、宣教師ルイス?ソテロに仙臺での布教を認める。狙いは、南蠻との交易であった。そんなある日、忠輝の家老?大久保長安から、天主教の入信帳という妖しげな連判狀を見せられる…。政宗は家康から南蠻船建造の許しを得るが、連判狀が露見する。 第四十一回「海外雄飛」 10月11日放送 南蠻船が完成し、政宗は仙臺城で南蠻使節(jié)団を発表。乗組員は、ソテロや支倉常長ら総勢百八十六名。常長には、イスパニア艦隊を大坂に呼び寄せる密命が託された。慶長十八年(1613)九月、サン?ファン?バウティスタ號は政宗の夢を乗せて月ノ浦を出港した。 第四十二回「大坂攻め」 10月18日放送 慶長十九年(1614)、政宗は、忠輝の越後高田城の城普請を見守り、家康の信用回復に努めていた。その頃、真田幸村ら武闘派が主導権を握った豊臣方が、家康の畫策にのって戦闘態(tài)勢に入った…。十一月十九日、遂に大坂冬の陣の火蓋が切って落とされた。 第四十三回「ねこ、宇和島へ」 10月25日放送 秀頼と淀君は、家康の講和條件を受け入れた。徳川方は、大坂城の堀を埋め始めた。家康は政宗の長男?秀宗を十萬石の大名に取り立て、伊予宇和島を所領(lǐng)配分した。貓御前は不服であったが、宇和島藩十萬石の創(chuàng)立のためと、海路、宇和島に向かう。 Disc 12 第四十四回「大坂夏の陣」 11月1日放送 家康は秀頼に伊勢への転封を命じた。秀頼はこれを拒み、再び決戦を辭さぬ構(gòu)えを見せた。徳川勢は、堺を手中に納め大坂への武器弾薬の補給路を斷った。淀君は徳川勢が三萬五千の大軍と知り、和睦の方法を探るが、時は遅く大坂夏の陣が始まった。 第四十五回「ふたりの父」 11月8日放送 政宗の諌言で大御所のご機嫌伺いに赴いた忠輝は、父?家康に不満の數(shù)々をぶつけた。政宗の力添えで、忠輝は禁中に參內(nèi)し、しかるべき勲位を授かることになるが、この大事を忠輝は破ってしまう。家康に婿の父として詫びに赴いた政宗であったが…。 第四十六回「離縁狀」 11月15日放送 もはや戦國の世は終わった。白石城の片倉小十郎景綱は、伊達家の將來を案じながらこの世を去った。その頃、江戸?伊達屋敷の五郎八は、夫の命を救う術(shù)として、忠輝との離別を覚悟する。それは、伊達と松平を切り離そうとする幕府の狙いでもあった…。 第四十七回「天下の副將軍」 11月22日日放送 忠輝が手討ち覚悟で父?家康を見舞いに駿府へ赴く。家康は、會いたくても會えぬと涙を浮かべた。そして政宗に「天下の副將軍として、秀忠を助けて欲しい」と頼み、元和二年(1616)四月十七日、眠るようにこの世を去った。政宗は副將軍として采配を振るうことになる。 Disc 13 第四十八回「伊達流へそ曲がり」 11月29日放送 元和二年(1616)夏、幕府の仙臺藩討伐の動きがある中、將軍?秀忠の姪?振姫と忠宗の縁組み話が舞い込む。しかし政宗は、振姫では不服と開き直る。秀忠は振姫を養(yǎng)女とした。政宗は「これぞ伊達流へそ曲がり術(shù)の極意じゃ」と、ご機嫌であった…。 第四十九回「母戀い」 12月6日放送 東北の名門最上家に、幕府は改易の斷を下し、山形城召し上げの名代を政宗に命じた。成実の率いる大軍によって、引き渡しは何の障害もなく行われた。政宗は、母?保春院を仙臺に引き取ろうとするが、最上家の復興を願う保春院は仙臺入りを拒む。 最終回「大往生」 12月13日放送 副將軍?政宗の地位は揺るぎないものとなった。寛永二年(1625)、忠宗に家督を譲り、人生を享楽する日々を送る。しかし、身體は病にむしばまれ、寛永十三年(1636)五月二十四日、「畫像にも木像にも両眼を入れさせよ…せめて來世では愛を両眼で見たい」と言い殘して、江戸?伊達屋敷で大往生を遂げる。享年七十歳であった。